スピースのスイングコーチの物語 後編(全3回)

自分がプレーするよりも教えるほうが向いていた

2016.7.10 6:43
ジョーダン・スピースとキャメロン・マコーミックは2006年7月に出会い、今も一緒にいる。 Photo by Richard Heathcote/Getty Images

 キャメロン・マコーミックは、豪州から米国に、一度はゴルフのため、もう一度は愛のために移り住んだ。どちらも偶然の産物だった。

 彼は豪州メルボルンで盛んだったオーストラリアンフットボールの名選手で、何人かのプロを輩出しているチームのリーダー格でもあった。しかし、彼の体格では長いキャリアを望めるはずもかった。

「傑出した選手はフィジカル面がすさまじく、到底太刀打ちできませんでした」マコーミックは言う。

「ゴルフは次善の策だったんです」(マコーミック)

 身近な親族にゴルフをする者はおらず、2時間ほど離れた場所に住む叔父だけがゴルファーだった。13歳のとき何回かラウンドしたことがあるものの、真剣に取り組むようになったのは16歳になってからだった。

 高校を卒業する頃にはパープレー前後で回るようになった。南アフリカを3カ月旅した後、午前中は父の経営する建設会社で働き、午後はゴルフの練習に明け暮れた。

 また、いくつかの試合でキャディも務めた。そのうちの一人が、テキサス工科大学からプロ転向したばかりの米国人、ケヴィン・ヤングブラッドだった。彼はマコーミックに米国での大学ゴルフについて教えてくれた。

 マコーミックはカンザス州のコミュニティカレッジに通い、その後、テキサス工科大学でプレーした。彼の長い髪とオーストリアなまりは、西テキサスの町ラボックではかなり目立っていた。そして最終学期、妻となるソマーに出逢った。

「私が最上級生で、彼女が1年生のときでした」とマコーミックは言う。

「振り返ってお互いを見つけたんです。私は肩ぐらいまである金髪で、彼女も金髪。彼女は私の理想の女性で、私は彼女の理想の男性だったんです」(マコーミック)

 つき合い始めたのがマコーミックの卒業直前だったため、結局は米国に戻ってくることになった。

「決定的瞬間というより、一連の流れからの必然だったんです」(マコーミック)

 マコーミックは大学卒業後、プロゴルファーとしての夢を叶えるため、豪州と米国を行き来しながらプロとして活動していた。フロリダのミニツアーで頑張っていたときは、フォルクスワーゲンのバンで寝泊まりもした。豪州に戻っているときは父の建設会社で働き、トーナメントのための資金を稼ぐと米国に戻った。

 しかしながら、豪州のQスクール(予選会)で結果が出せず、1998年後半にツアープロとしてのキャリアは終わった。

「常識的に見ても、理屈で考えても、経済力からも答えは明らかでした。何か別のことをすべき時期だったのです」(マコーミック)

 1999年の終わりに豪州でソマーにプロポーズし、2000年1月にはテキサスに戻った。

 当時はまだゴルフインストラクターを目指す前で、国際ビジネスの学位を生かせる仕事を探していた。しかし結局、ダラス郊外のゴルフ場、ザ・レイクスアットキャッスルヒルで働くことになった。

 ツアープロとしてのキャリアを終えてから、ゴルフにまったく関わってこなかったのに、コースに戻るなり、再びゴルフに魅了された。そしてようやく、初レッスンを行うことになる。

「教えることは自分に向いていると気づいたんです」とマコーミックは言う。

「きっとできるというひらめきは、瞬時に燃えさかりました」(マコーミック)

 そこから全身全霊を傾けた知識の探求が始まった。

「当時やっていたすべてのこと、今やっているすべてのこと、いずれも熟達を目指して自分を高めるということなのです」とマコーミックは言う。

「そのためには効率的に行動しなければなりません。運転しながらTED(テクノロジーエンタテインメント デザイン)のプレゼンを聴いたり、夜遅くまで本を読んだり、休みの日にレッスンを行ったり」(マコーミック)

 彼はブッチ・ハーモンや、チャック・クック、ランディ・スミスなどの優れた指導者について知るために、国中を旅した。

 また、ゴルフ業界の外で得られる専門知識もどんどん取り入れようとした。たとえば、専門性を身につける方法で著名なポール・シェンプや、UCLAバスケットボール部の名将、ジョン・ウッデンなどから学んだ。

「仕事をしなきゃいけないと言いながら、なんでネットサーフィンや読書をしているのか、まるで理解できませんでした」と妻のソマーは言う。

「ありとあらゆることを吸収して、彼が成長する重要な時期だと分かっていなかったんです。何も新しいことを学ばなかった日なんて、1日もなかったはずです」(ソマー)

 マコーミックはその当時のことを「教育のオデッセイ(長い冒険)」と呼んでいる。

 彼は現在、テキサス州ダラスにあるトリニティフォレストゴルフクラブでインストラクション・ディレクターを務めている。ビル・クーア&ベン・クレンショーがデザインした今秋オープン予定の最高級ゴルフ場は、AT&Tバイロンネルソン選手権の会場になることが決まっている。

 彼の教え子には2人の全米ジュニアアマチュア選手権覇者、ウィル・ザラトリス(2014年)とフィリップ・バルバリー(2015年)がいる。また、2011年の全米女子オープン覇者のユ・ソヨンもいる。

 マコーミックが指導に費やす時間は、年間およそ2000時間、レクチャーは年12回ほどだという。

 指導者と教え子は、ともにずいぶん成長した。